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東京家庭裁判所 昭和58年(家イ)3835号 審判

申立人 陳敬姫

相手方 金善鎬

主文

申立人と相手方を離婚する。

当事者双方間の子金昌永(一九八〇年五月二二日生)は、相手方において同居した上、これを養育する。相手方は、申立人に対し、離婚に伴い二、五〇〇、〇〇〇円を財産分与するものとし、内金一、〇〇〇、〇〇〇円を昭和五九年三月三一日までに、残金一、五〇〇、〇〇〇円を同年九月三〇日までにそれぞれ支払え。

理由

一  申立人は、主文同旨の審判を求め、申立ての実情として、「申立人は、在日北朝鮮人であるところ、昭和五四年二月七日、やはり在日北朝鮮人の相手方と婚姻し(婚姻届出は、同年三月三〇日)、昭和五五年(一九八〇年)五月二二日、子の金昌永をもうけたが、性格の不一致等から夫婦不和となり、今では、相手方との婚姻関係は、完全に破綻してしまつた。よつて、申立人は、相手方との離婚を求めるが、当事者双方間の子金昌永は、相手方が同居した上、これを養育するものとし、かつ離婚に伴う財産分与として、二、五〇〇、〇〇〇円の支払いを受けることで差し支えない。なお、この二、五〇〇、〇〇〇円は、内金一、〇〇〇、〇〇〇円については昭和五九年三月三一日までに、残金一、五〇〇、〇〇〇円については同年九月三〇日までにそれぞれ分割して支払うことでよい。」旨述べた。

二  他方、相手方は、「当事者双方間の婚姻関係が現在完全に破綻してしまつている以上、相手方が申立人と離婚することはやむを得ない。当事者双方間の子金昌永は、相手方において同居した上、これを養育することを要求する。申立人の財産分与に対する上記1の要求には、これに応じる。」旨述べた。

三  一件記録中の各資料、当事者双方に対する各審問の結果及び本件調停の経過を総合すれば、次の各事実が認められる。

1  当事者双方は、いずれも、大韓民国内の地を本籍とする在日朝鮮人であり、自分達の国が朝鮮民主主義人民共和国であるとした上、外国人登録原票上の国籍を朝鮮としている。

2  当事者双方は、五四年二月七日に婚姻し(婚姻届出は、同年三月三〇日)、昭和五五年(一九八〇年)五月二二日、子の金昌永をもうけた。

3  当事者双方は、共同して、婚姻当初はお好み焼屋を営業し、間もなく、お好み焼屋をやめて焼鳥屋を営業し、次いで昭和五七年二月ころからは、焼鳥屋をやめて焼肉屋を始めた。この焼肉屋の営業は、現在も相手方がこれを行つており、今後も継続していくつもりである。

4  当事者双方は、婚姻後間もなく、性格の不一致や申立人の宗教問題等から夫婦不和となり、加えて、相手方が気にさわることがあると申立人に対し暴力に及んだこともあつて、昭和五七年一一月ころ、申立人が子の金昌永を連れて外に出る形で別居したことがある。

5  この別居は、一か月ほどで解消され、当事者双方は、もう一度夫婦としてやり直す努力をすることにしたものの、結局、夫婦関係が何ら改善される見込みがなかつたため、昭和五八年三月ころから再び別居し、現在に至つている。

6  その間に当事者双方間の夫婦関係は完全に冷え切り、当事者双方とも離婚するほかはないと考えるに至つた。

7  本件の調停では、当事者双方は、離婚の点については早い段階で合意するに至つたが、子の金昌永の監護養育者及び財産分与の点について紛糾した。

8  しかしながら、本件の調停の最終期日において、子の金昌永の監護養育者及び財産分与の点についても、上記一及び二に摘示のとおり合意が成立するに至つた。

三  上記三認定の事実関係によれば、本件は、いわゆる渉外離婚事件であるところ、当事者双方とも我が国で出生し、我が国に居住しているものであるから、我が国が本件に対して裁判管轄権を有することは、明らかである。

四  そこで、上記三認定の事実関係に照らして本件の準拠法を検討するに、法例一六条により、夫である朝鮮民主主義人民共和国法と解するのが相当である。

朝鮮民主主義人民共和国法(北朝鮮の男女平等権に関する法令施行細則)によれば、夫婦関係を継続できない事態が生じているときは離婚できるものとされているところ、上記三認定のように当事者双方が性格の不一致等により夫婦関係を正常化するについての意欲を完全に失つている場合は、同国法上の離婚原因が存在するものといえる。そして、上記三認定の事実関係のもとでは、我が国法上も離婚事由があるものといえる。

ところで、朝鮮民主主義人民共和国法によれば、父母は、離婚後も子に対して平等な権利義務を有するから、離婚を原因にして親権者を父母のうちの一人に定めることはできないとされ、ただ、子がだれと同居し、だれが子を養育するかの点は、これを決めるべきものとされているところ、上記三認定の事実関係によれば、当事者双方間の子金昌永は、相手方において同居した上、これを養育するとするのが相当であ。

るまた、朝鮮民主主義人民共和国法によれば、妻は、離婚に際して夫に対し、婚姻生活中に取得された共同財産の分配を請求できるとされているところ、上記三認定の事実関係によれば、焼肉屋の営業は、共同財産とはいえ、申立人が相手方から二、五〇〇、〇〇〇円の財産分与を受け、内金一、〇〇〇、〇〇〇円については昭和五九年三月三一日までに、残金一、五〇〇、〇〇〇円については同年九月三〇日までにそれぞれ支払いを受けることは、相当である。

五  当事者双方間では、離婚の合意ができてはいるが、朝鮮民主主義人民共和国法上は、協議離婚の制度はもとより、調停離婚の制度も存在しないことからすると、当事者双方間に離婚の調停を成立させることは適当でない。そこで、当裁判所は、当調停委員会を組織する家事調停委員○○○○及び同○○○○の各意見を聴いた上、家事審判法二四条により、調停に代わる審判をし、当事者双方を離婚させることが相当と考える。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 向井千杉)

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